モリの奥にはケモノが棲んでいる。
ケモノはヒトに化け、私たちの前に現れる。
都市をぐるりと囲い込み、私たちに生存の糧を──水を、食べ物を、あらゆる素材と燃料を──もたらし続ける旧世界の機械遺産、すなわち“市壁”。ヒトの世界とモリを隔て、モリから資源を自動回収するその高く分厚い壁は、古くから“撤退線”とも呼ばれている。市壁の中枢をなす管理端末の奥には薄暗い電脳空間が広がっているが、その空間の使い途を知っている者は、この都市には誰もいない。
ケモノの化身──アヴァターラは、その電脳空間に出没するのだ。
ケモノたちはヒトのかたちに化けて、幻影か、亡霊のように、現れては消える。謎めいた装束を振り乱して踊り、その袖や裾から、四つ脚の動物にも似た異形の手足を覗かせる。私たちの身体と文化の範疇からわずかに逸脱したその姿を目の当たりにするとき、誰もが静かな不安に苛まれる。
ケモノとは文字通り、“毛”を身に纏った存在だ。モリの奥に潜むその真の姿は、ヒトとは懸け離れている。モリ自体がそうであるように、私たちを怯えさせ、私たちの理解を拒む。
しかし、毛は糸に通じ、糸は布に通じ、布は服に通じる。つまり“ケモノ”は“キモノ”に通じる。ケモノもヒトと同じく、服を着た存在であるといえなくもないのだ。そんな危うい概念のつながりが、彼らと私たちをかろうじて結びつけ、ケモノがヒトに化けることを可能にしているのではないだろうか。
市壁の電脳空間に現れる、不思議な装束に身を包んだアヴァターラ。それはケモノがヒトに接近するために作り上げた姿であり、ヒトがケモノをそう理解したいと願う姿なのだ。
モリの霊性を体現する宗教者のような「レイシ」。
モリと市壁の隠された仕組みを紐解く「ドウシ」。
モリからヒトに向けられた使者である「バイシ」。
さまざまに様態を変えるアヴァターラは広く深いモリの力を身に纏い、その世界から“撤退”して久しい私たちの目の前で、妖しく踊ってみせる。